2009年09月23日

情けない感じ


シルバーウィーク最終日。Nei先生のワークショップ2回目の参加。不甲斐なさと後ろめたさが入り混じったもどかしい感じ。WS終了後、公民館の前でNei先生とお話し。先生の言葉に胸を突かれて、なんだか泣きそうになった。自転車で帰る夜道、迷子になった。もうお風呂に入って寝よう。
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2009年09月22日

Rude awakening

シルバーウィーク4日目、夕食を作っていて右手をやけど。以下、2日目と3日目のダイジェスト。

ゴーギャンを観た。

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『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』 (1897−1898年)

次にクリムト。

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『パラス・アテナ』 (1898年)

次にシーレ。

シーレ.jpg
『自画像』 (1911年)

次にココシュカ。

ココシュカ.jpg
『夢見る少年たち』 (1907年)

最後に鎌倉の大仏。

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今日のお土産: 鳩サブレー



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2009年09月08日

更衣室トーク


親指について:
土曜日、メルちゃんとカポエイラへ。更衣室で着替えているとメルちゃんが一言「ねぇ、外反母趾じゃない?」。なぬぅ〜!?確かに以前から親指の付け根部分が痛くなる事があった。しかも親指が内側に曲がっている(しかしそれが普通と思っていた)。でも、ハイヒールなんて履かないし、外反母趾なんて思いもしなかった。しかしここでピンと来た。アフリカンダンスの前半ヨガをやっている時に、いつも先生に「それでは両足付けて立ちましょう。両親指もぴったりつけてくださいね」と言われるのだが、悲しいかな、私は逆立ちしてもそれが出来ない。だから、「そんなこと、解剖学的に無理じゃん。あくまでイメージするってことなのか?」と思っていた。でもそうじゃなかったみたい。メルちゃんは、両親指を問題なくつけれるし。でもどうして外反母趾?お盆に実家に帰った時に、母(推定58歳)と姪(5歳)の3人で足指ジャンケンをして遊んだのだが、その時は何も指摘されなかった。さてはこれは遺伝で、家人は全てこのような親指なのか?今まで注意して見てなかった。今度足指ジャンケンで遊ぶ時こっそり確認しよう(メンタルノート)。

片栗粉との相性:
片栗粉との相性が悪い。先日、メルちゃんから麻婆豆腐のレシピをもらったので、色々と材料を揃えて意気揚揚と調理開始。陳健一気分で鼻歌なんて。ここでとろみの味方、片栗粉の登場。レシピには「水溶き片栗粉 大さじ3杯」とある。ここで何を思ったか、お湯の方が溶けやすいと思い、お湯で片栗粉を溶く。そうしたら、「なんじゃ、こりゃ〜?」。でんじろう先生も真っ青、得体の知れない透明のコブみたいな未知の生命体を生み出してしまった。形状は、子供の頃に見た恐怖映画「人喰いアメーバの恐怖」に出てくるアメーバそっくり(ただ、映画では赤だったのが、透明なだけ)。うきゃ〜!と思いながらシンクにぶよぶよアメーバ廃棄。ここで基本に立ち返る。片栗粉は加熱してこそ糊化して、それがとろみとして重宝されるのだ。私は、それをメインの料理に入れる前に加熱しちゃった。ただのバカ。気を取り直してもう一度。今度は片栗粉大さじ3杯を「水」で溶いて投入。そうしたら、「なんじゃ、こりゃ〜?」(その日2回目)。なんと麻婆豆腐のゼリー寄せができた。落胆、憔悴しきってレシピを見直す。「水溶き片栗粉 大さじ3杯」の横に米印が付いている。いや実は米印が付いていたのは気づいていたのだが、無視していた。よく読むと「片栗粉大さじ1.5杯を水大さじ3杯で溶いたもの」とあった。私は片栗粉を2倍量使っていたわけ。ここで基本に立ち返る(その日2回目)。米印とはそもそも「おもに文章で、ある単語ついて注釈をつける際に使用する。複数に及ぶ場合は、※1、※2などと番号や記号、文字をつけて区別する場合もある」(ウィキペディアより)のだ。そうだ、米印とは著者が読者に注意を喚起するためにつけるもので、本来無視されるべき物ではないのだ。この麻婆豆腐レシピの作者は、「片栗粉大さじ3杯」と勘違いするバカ、いや素人がいる事を見越して、親切にも米印を付けてくれていたのだ。その親切心を私は無駄にしたわけね。自業自得だね。ただの負け惜しみだが、どうせ米印をつけるなら複数つけて、※1では「片栗粉は必ず水で溶くこと」として欲しかった。次がんばろ。

“When We Were Orphans” by Kazuo Ishiguro:
カズオ・イシグロの本を初めて読んだ。彼の本て、第一にタイトルが素晴らしいと思う。今回の本のタイトルは“When We Were Orphans”で、邦題は「わたしたちが孤児だったころ」。ブッカー賞を受賞し映画化もされた“The Remains of the Day”は「日の名残り」という邦題がつけられている。どちらの本のタイトルも英・日ともに素晴らしいと思う。特に、“The Remains of the Day”、「日の名残り」。どちらも響きが良くて、時々心でつぶやいて楽しんでいるくらい。

さて、今回の本。基本は主人公の回想で構成されている。1920年代から1930年代後半の上海とロンドンが舞台。1920年代の上海、主人公が10歳の時突然父親が失踪。次いで母親も謎の失踪を遂げ、孤児になった主人公は大人の事情でイギリスの叔母に引き取られる。大人になって名のある探偵(イギリスって探偵が普通の職業としてあるのかしら)となった主人公は、1930年代後半、両親の失踪の謎を暴き、まだ生きて囚われの身となっていると「思い込んでいる」両親を救出しに日中戦争中の上海に戻る。その運命やいかに?

こう書くと、探偵物とか推理小説な感じがするけど全く違う。読み進めていくうちに、主人公の回想が果たして信頼できるものなのかどうかが分からなくなってくる。両親の失踪の原因(アヘン撲滅運動に関わっていたため)もただの主人公の「思いこみ」なんじゃないかと。主人公が語る全ては彼が無意識に作りあげたもので、自作自演のドラマに周囲を巻き込んでいる雰囲気プンプン。そしてまた巻き込まれている周囲の大人達は、実はとても狡猾で主人公よりも一枚も二枚も上手であり、裏があって主人公の自作自演ドラマに付き合っているだけのようにも見えてくる。主人公がとても子供っぽく見えるのだ。勝手な正義感と「勧善懲悪」の使命感に燃えた空気の読めない困った奴。それが最後、彼の思い描いていた結末(両親のヒロイックな救出劇)とは全く違った展開で、彼の「思いこみ」は無残にもガラガラと崩れ落ち、つらい現実がそれに取ってかわる。両親の失踪の本当の原因なんか耳をふさぐようなもので、特に母親の失踪の原因なんて、読んでいて心の中で「ヒィ〜!」と叫んじゃったくらい酷いもの(当時力を持っていた中国人warlordの妾にされた)。この本では母親と主人公の関係がとても重要で、母親は失踪後も自分の息子に“enchanted world”を望んだわけだけど、ある意味それは望み通りとなった(でもそれが、切ない結末の原因になるわけだけど)。上海のInternational Settlement(租界)で子供時代を過ごした主人公は、その境界線より向こうの世界を知らずに育ち、親友との遊びの中で自分達の世界を作りあげる。それは彼にとって所謂“enchanted world”で、主人公は孤児になり、そして大人になってもその世界(現実から隔離・守られた世界)の住人であり続けたってわけね、きっと。そして最後にその世界が崩壊したと。今度は“The Remains of the Day”を読んでみようと思う。

"When We Were Orphans" by Kazuo Ishiguro↓

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今日の動物: オランウータン
posted by R-73 at 19:18| Comment(11) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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